みどみどえっくす

元NO.1風俗嬢がゲスに真面目にエロを語る

セフレとの5年間 2

あれからまた、毎日のように

 

「おはようございます。」

「風邪、ひいてませんか。」

「寒くなってきたね。体調管理、しっかりね。」

「今日は仕事の飲み会で遅くなってしまいました。おやすみなさい。」

「また明日、連絡します。」

 

そんなLINEが届くのだけど。

 

始めこそ、返信すらしていないのに届き続けるそのメッセージに得体の知れない恐怖を抱いていたのだけど、もう今となっては

「気味が悪い」

その一言。

 

 

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私は相変わらず返信出来ないでいた。

いや、正確にいえば以前よりもずっと、返信しづらくなっていた。

既読すら付けないメッセージが溜まっていく度にそれが一つ一つ、確実に重りとなり、憂鬱に、そして淡つかに、水分を失うように心は乾いていったように思う。

 

未読のメッセージがいよいよ80件になろうとしていた時、そろそろ耐えきれない鬱屈と陰湿な焦燥から、久しぶりに開いてみる事にした。

 

そこにはこの5年間、毎日変わらずに来ていたメッセージと、ほぼほぼ変わりない機械的とも取れるようなメッセージ。

ただ一つ違ったのは、いつまでも既読にならない事に対する、不安や心配のメッセージが増えた事だった。

 

「ここ数日、いつまでも既読にならないので心配しています。」

「もう、会いたくないですか?」

「体調、悪いの?」

 

そして最後のメッセージはこれで終わってた。

 

「嫌いになったとか、もう会いたくないんだとか、そういう気持ちでいるならはっきり言ってください。

僕は君の気持ちを尊重したいと思っているし、何よりすがりたくなる気持ちはあるけれど、その前に、やはり君の事が大事だという気持ちがあるから。」

 

何だかなぁ、参った参った。

実に気味が悪い。

きっと既読になったらなったで、またメッセージが来るんだろう。

なら読まなきゃ良かったな、と。

 

大体セックスのみの関係だったはずだが、どこでどうして、どうやってここまで拗れたのだろう。

気持ちのやり取りだけは絶対にしたくはないと思っていたし、セックスが終わった後でも割とフランクに構えられる仲だからこそ、これまでの5年間

「絶対に恋愛関係になる事などありえない。」

と、信用してきたのに。

それはまさに売り時を間違えた不動産のようで、互いの関係全体が露骨に不利に働いてた。

 

しかし、どことなく掴み所のない黒々とした苦い気持ちが、体全体に広がっていくのが手に取るように分かった。

いつかは必ず終わりが来るんだろうと漠然と思い続けてはきたのだけど、こうも辛くなってしまうと。

自分の中にも「情」ってあったのだなと思う。

 

今更になって、メッセージ一つ一つの重みを感じた。

「おはよう」そのたった一言でも、そのメッセージを読む時。

私の頭の中に彼の顔が浮かぶように、きっと彼もその一言一言、メッセージを送ってくれる時には私の事を思ってくれていたのだろうなと。

 

今更気付いても、遅いんだけどね。

だってこの5年間、私は自分の事しか考えていなくて、自分が一番に可愛くて。

彼の気遣いや気持ちに気付いてはいても

「たかがセフレに何やってんだろうね。こいつは。」

って、薄ら笑いで心の中では若干軽蔑すらしてた。

 

遠い九州から自分の為だけに会いに来てくれることも、特に何とも思わなかった。

陳腐な誠意を強引に振りかざしたり、最低限の気配りはすれど結局は、腹の底では別に来たいのなら勝手にくれば。そう思ってたのだと思う。

 

何故か今更になって彼の一つ一つの気持ちが、文字通りに抱えきれない程の重圧となって腹に溜まり、それは鉛のような感覚に吐き気がした。

彼に対してではなく、自分の人間性について深い嫌悪感と葛藤、疑念を抱いた。

 

自分がもっと人間的に成熟していて、もし彼の気持ちや気遣いを溢すことなく真正面から受け止められていたのなら、今頃もっと違う私だったのだろうか。

もっと違う二人だったのだろうか。

あまりにぞんざいに、おざなりに過ごしすぎた5年。

素直に思う「ごめんなさい」の気持ちに、今更涙が止まらなかった。

 

私は彼に

「出来るだけ、あなたに合わせて時間空けます。

今度は私がそちらに行くので、都合の良い日時をいくつか指定してくれませんか。」

と、九州なんて行った事がないのだけど、せめてもの罪滅ぼしの為にそう送った。

 

すると彼から、5分と経たずすぐに返信が来た。

え、気持ちわる、と思った。

 

「連絡くれて本当にありがとう。

もう無理だと思っていたよ。諦めるしかないかと思ってた。

今ここで拗れるようなことはしたくない。

色々なことは、会って直接話そうか。

それがどんな事でも、僕は受け止めるつもりで行くよ。

だから君もあまり張り詰めないでいて。

逆に、都合の良い日を教えてください。

僕は有給を使うので、僕がそちらにすぐに行きます。」

 

重いな、と思った。

有給など使ってくれなくても全然良い。

しかも、有給なんてすぐに使える職種でもなかろうに。

更にまたこちらに来てもらうとなると、罪悪感から思った事が素直に言えなくなりそうで。

 

ここでもやはり、私は自分の都合ばかりを考えた。

あれだけ泣いたにも関わらず、一晩寝て起きれば私はやはりこういう女なのだ。

いつだって自分が可愛いし、常に自分の都合しか考えていないのである。

そして挙げ句、出した返事はこう。

 

「幸甚に存じまする。」

 

 

今回セックスはしないつもりだった。

むしろこれまでセックスしかした事がないのに、言わなくてもお互いにそう思っている事が分かる、改めて5年の月日の長さを感じた。

 

 

大学時代、よく学食で一緒にお昼を食べたことはあったが、お互いセフレの関係になってからの食事はこれが最初(で最後のつもり)。

初めてお昼に誘われた時の事を思い出した。

 

私は学校でも挙動不審であまり人と話したくなく、むしろ話しかけられてもうまく返答出来ない事が多々あったから、割と浮いていたと思う。

しかも男ばかりの学部だったからほぼ一人で過ごす事が多く、そんなんだから人に「ご飯一緒に食べよう」と言われた事がとても驚いて、何も言えずに文字通り呆然とした。

金でも取られるのだろうか、と思いバッグをキツめに持ち直した。

 

そんな私を見て彼は非常に軽快に笑い

「だって3限も一緒だったでしょ?

ご飯も一緒に食べようよ。

独りでご飯食べるの、嫌いなんだ。

隣にいてくれるだけでいいから、付き合ってくれたら嬉しいのですが。」

と、割と強引に私の肩を押し、勝手に

「僕と同じでいいですよね?」

と、メニューを決めだした。

 

非常に怖かった。

こんなに馴れ馴れしい人が、こんなに間近にいたのか、と思った。

明日からの学校生活が、とても不安になった。

 

しかし、その時久しぶりにまともに人と話をした気がした。

と言っても、彼がどんどん勝手に話題を出してきては、私はそれを笑って聞いて。

たまに彼の質問に答える程度だったのだけど。

 

それから彼とはゆっくり、少しずつ仲良くなっていったと思う。

あまり長時間人と会話する事を好まない自分にとって、お互いを理解するのはだいぶ時間がかかったけれど、それでも彼と話す時間は貴重な時間だなと感じるようにはなってた。

 

そうだ。思い返せばそれまでは、大切な、唯一無二の友人の一人だったのだ。

どちらかが元気が無い時、体調を崩した時にはもちろん心配し合ったし。

テストや深夜まで続く長い実習、レポート地獄はここぞとばかりに、大袈裟に励まし合ってやって来た。

テスト前の「留年」という文字に震える恐怖を、やんわり笑い飛ばしてくれたのもお互いの存在だった。

テストが終わった後の解放感は、まさにシャバに出たような感じ。

出所してから何年かぶりに会ったかのように、またバカな話を狂ったように延々と繰り返し笑いあう。

精神的にも身体的にも辛い学校生活にたまに辟易しては、「お互い刑期を終える腹づもりで最後までやって行こうぜ。な。」と肩を組んだ事もあった。

それはとても愚にも付かない、どうしようもなくバカな話もしたし、将来の事や夢、割と真剣な話も尽きる事なく交わした事もあった。

それが私の青春の約90%。

これぞ大学の級友、同期と言った感じに。

 

しかし身体を重ねた途端、どうしてこうも彼の存在が粗雑に、ぞんざいになってしまったのか。

それまで大切に築いていたはずの友情が途端になくなり、それまでの会話も記憶も全てが余すことなく、無味乾燥に色褪せた。

 

どうしても思い出せなかった。

何故、彼と身体を重ねる事になってしまったのか。

 

糞紙のように粗末でも、確実に積み重なってきたこれまでの彼との時間を思い出しながら、待ち合わせ場所に向かった。

何をどう伝えたら良いのかすら分からなくて、改めて5年が重く感じた。

自分の意志とは全く違う世界で記憶と感情がフルセットで山となっていた事を今更になって知り、とても困惑した。

こんなつもりじゃなかった。

でも確かに時間は積み重なって、お互いここまでやって来た。

ただ情意と時間はいつでも一揃いに混ざり合い、それはもはや分離不可能なのだという事実を、知らなかっただけ。

 

久しぶりに会った彼はいつもよりとても笑顔で明朗で、私はそんな彼にどんな表情を返したら正解なのかとても悩んだ。

 

「久しぶりだね。元気そうで、安心したよ。

まず、お腹空いちゃったよね。

君とご飯食べるのなんてすごく久しぶりだから、なんか照れるよね。

でも、思い出すよ。昔の事。」

 

最後ほんの一瞬、彼の表情が曇った。

今日は、やはり食事ではないな。互いにそう思ったのだと思う。

彼は急に険相な表情で一点を見つめ、すぐに

 

「やっぱり、少しゆっくり話せるところに行こうか。

今は、食事しながら呑気に語れるような気分ではないな。本当にごめん。」

 

そう言いながら、初めて一緒に学食に行った時と同じように、少し強引に私の肩を後ろから押した。

しかし突然の事で、意思に反して体がそれを拒絶した。

彼は動けなかった私をそのままに、腕を引く事もせず。

やりきれない横顔を隠しながら自身のポケットに両手を入れ、今度は私を置いて前を歩き始めた。

彼の覚悟を感じた。

その時私が彼に付いて行かなければ、きっとここで綺麗サッパリ終わったのだと思う。

 

いつもならばホテルに着き、部屋に入った途端どちらからともなく服を脱がせ合い、ベッドにたどり着けない時すらあったのだけど。

こんなにも冷静に部屋の中まで辿りついたのは、恐らく初めてだった。

服を脱ぐつもりもないし、脱がせるつもりもない。

久しく彼と過ごした事のないプラトニックな時間は、それこそ持て余すようで、こういう気持ちはどうやり過ごせば良いか全く見当がつかない。

心の置き所が探し出せずに、焦燥でつい足が止まってしまった。

 

「どうぞ?

僕は女性より先に座れないタチだから、君が先に座ってくれないと僕は休めない。

これでも急いでここまで来て、若干疲れてるんだよ。

大丈夫。今日は隣に行かないから。

安心して座ってくださいよ。」

 

苛立ちと悲しみを孕んだ、これまで聞いたことのない彼の声は、とても震えてた。

その震えた声に、涙が堪えきれなかった。

泣くつもりもなかったし、笑うつもりもなかった。

これまで同様、抱き合わない時には感情のやり取りをしない淡々とした時間を過ごして、それで終わりで良い。

むしろ綺麗サッパリ終わるには、それしかないと決めて来たのに。

 

「何で君が泣くわけ?

泣きたいのは俺の方だよ?

この5年間、どんなに気持ちが折れそうだったか。

会えない、返事もない。

とても狂いそうだったよ。

でも俺は、そういう君でも極力尊重したいと思ってこれまでやってきた。

そしてそこを責めるつもりは更々ない。

でもここで泣くのはズルいな。本当にズルい。

何の涙なんだよ、それ。

いつもみたいに、さっさと帰れと言ってくれよ。

むしろそれを聞きにここまで来たんだよ。

じゃなきゃ、俺は今度こそ君にすがりたくなるよ。

頼むから帰らないでって、むしろずっと一緒にいてくれって、泣きたくなるよ。」

 

彼が一人称を「俺」と言うのを初めて聞いた。

感情的な彼を、初めて見た。

ずっと彼の顔が見られなかったのだけど、彼が泣いているのがよく分かった。

 

予想に反してと言えば良いか、案の定と言えば良いか。

酷く縺れた時間を一つ一つ丁寧にほどく事すら、気の遠くなる作業。

そこに寄生虫のように纏わりつく感情は、網の目なんて綺麗なものじゃない。

糸くずのように絡み付いて、ほどこうとすればするほどに錯綜するばかりだと感じた。

それほどまでにこの5年、根底ではすれ違いばかりが起こっていたとは私だけが知らず、どこから手を付ければ良いかまるで分からなかった。

 

お互い何も言えずに不毛な時間ばかりが過ぎ、遂に私は自分の気持ちを伝えられなかった。

 

「とっとと帰れば。」

 

その一言で片付けるには、到底5年は長すぎた。

かと言って、情けない事に自分の気持ちを言語化すら出来ないし、今何を言ったところでそれは、結果言い訳や自己保身になる自信があった。

恐らくそれだと更に彼を傷付ける結果になるのだろう。

いくらなんでも、それくらいは分かる。

 

結局、無言を3時間ばかり。互いに何も言うことが出来ずに別れた。

5年という歳月は、さよならの言葉だけでは回収しきれなかった。

 

これまでの時間、感情、全てにまとわりつき覆いつくし、意地悪く絡む藻草のように、海底に沈んでいけたらどんなに楽か。

散漫な時間がだらしなく滴下していくさまは、生き地獄そのもの。

またもやそれは、甘美と引き換えの終わらない悪夢を見ているようである。