みどみどえっくす

元NO.1風俗嬢がゲスに真面目にエロを語る

アラサー日常の思いをつらつらと・・・

先日わたくしは、日頃のフラストレーションを晴らすべく、日中お散歩に。

その頃まさに、いささかメランコリックの渦中におりまして、何とも気分穏やかでなく、特に何があったというわけではないのですけれども・・・

 

近頃は特に、日常を酒に逃げるという行為を繰り返ししていたものですから、たまの外の空気は誠に良いものですね。

若干粘り気のある潮風というのは実に不快極まりなく、とても嫌いなんですけれども、特にこの季節の湿った潮の匂いは、また更に更に、何とも物憂げで、テラスで海を眺めながらテーブルに両肘をつき、気付けばおいおいと泣いておりました。

 

この歳になって思う事と言えば、孤独ぶりたがりの時期はとうに越えてまいりましたけれども、いよいよ現実味を帯びるのは、本物の孤独感。

 

二日酔いの胃に染みる、温かいブラックコーヒーがいよいよ心にまで沁みだし、普段人の温もりとは全く無縁に暮らす自分にとっては、もうそろそろ末期であるのかしら・・・と。

 

「誰かに抱きしめてほしい」とプラトニックな願いを持つことも、割とバカにされてしまいそうな年頃でして、そんな中ぼんやり思う事と言えば

「もうこの先、一生独りなのだろうか。」

そんな事のように思います。

 

ある程度の年齢を重ねてくると、セックスとは外せないものとなってしまうのでしょうか。

ことわたくしに関して言わせてもらうならば、本当に大切な人については、途端に触れられなくなってしまうのだと思うのです。

 

どちらかと言えば今日日まで刹那的な感情こそ大事に過ごしてまいりまして、まさにそれ以上でも以下でもなく。

長く続くことなど到底有りえない、不埒で稚拙な愛情を、割かし本気で錯覚してしまうほどには孤独だったように思います。

 

しかしそれはあくまで刹那。

幻想とまではいかなくとも、時間が過ぎればそこに残るものとは「虚無」と「虚妄」。

 

この繰り返しは、近頃妙にわたくしを困らせておりまして、困惑の底から捨て鉢な気持ちがふつふつと。

正直なところ、ほとほと困り果てております。

 

しかし辟易しても黙り込む暇などなく、都度煩悶を繰り返す結果になったとしても、これまでの自分の人生をしかと受け止め、尚這ってでも前に進まなければ・・・

 

一応、これでも前向きな気持ちはあるのですよ。

人並み程度に。

 

人を愛する気持ちというのは正直に申し上げますと、わたくしにはあまり理解できない感情でございまして、その部分を考え出すとわたくしの頭の中には常に三点リーダ

 

うーん・・・

うーん・・・

 

非常に苦しい時間を過ごす結果となってしまうわけですけれども、そもそも感情というのは理屈ではございませんわけでして、理屈で語れる感情論とはとてもとても陳腐。

そうすると、自ずと「本能」という文字がわたくしの中では浮かび上がってくるわけなのですけれども、この「本能」がこれまた厄介。

 

わたくしは人の好き嫌いが非常に激しい性質(タチ)でございまして、無理なものは断じて無理。

しかしどうやら、その反面愛すべき人というのを自分の「欲望」の管轄を越えた「本能」として求めてしまう傾向にあるようでして。

やがてそれは、熱い熱い焼石のようなものを胸に抱えてしまいそうで、とてもとても怖いのです。

 

理屈で語れる愛は、極めてイミテーションであると考えます。

しかし。

 

清い心で想う愛であれば、それは圧倒的慈悲となり。

汚れた心で想う愛であれば、いずれそれは憎しみに。

 

燃えるような愛に身を焼き始めたのならば、最後。

それは燃え尽きるだけのように思うのであるから、それならば、繊細な炎を消さぬようゆっくりゆっくり、感情を添わせてゆけば良いのだと分かってはいても・・・

 

愛とは、心が縁故に触れて起こるものであるから、それならば「本能」よりもまずは、心のケアが先かしら・・・

 

うーん・・・(三点リーダな脳内)

 

 

 

 

 

すみません。全て妄想の範囲内、作り話です。

いよいよネタが無くて暴走しました。

実にすみませんです。お散歩も行っておりません。

 

酒ばかり飲んで二日酔いの胃にブラックコーヒーが沁みたのは、本当。

 

ここまで書いて思うことはと言えば

「気持ちわりぃ女だなぁ」と。

 

誠に遺憾。

そしてエロも無い。陳謝。